ソラタが住んでいる森にお邪魔してきた話。
目が覚めて横になったまま手を伸ばしてカーテンを開けた。
真っ青な秋晴れの空をみて、今日は森に行こうと決めた。
なんでそう思い立ったのかわからないけれど、本能が森のオーラを欲していたのだろう。それに、こんなに天気がいいのに外に出ないのはもったいない気がした。
目ぼしい場所を探そうと枕の右手側に置いてあるiPhoneに声をかける。
「hey,siri」
が、siriが超絶スルーだったので手動でロックを外して近場のポイントを検索した。
探し始めてすぐに、ひとつ気になる場所を発見した。
それは家から車で90分くらいのところにある神社。
神社の裏の森の中にパワースポットの大岩(磐座)があるらしい。冒険にでかけるみたいで久しぶりにワクワクした。小学生に戻った感じがした。
ここだ!ここにいくしかない!あまりにも気分が高揚したので、顔を洗う前に買い置きしてあったホイップ入りのメロンパンをかじった。
神社の駐車場に車を駐めて、森の中にある大岩を目指して歩を進めた。
随神門をくぐって本殿の左を行くと、裏山に入るための階段があった。森に入るなんていつぶりだろうか。思い返してみても3年以上はノータッチだと思う。
入り口に階段があるだけで、それ以外は自然のままだった。
道にはところどころ木の根がうねり出ている。だいぶ幅の狭い道もあった。人の都合などおかまいなしの、人に飼いならされていない道だった。
転ばないように、滑らないように、踏み外さないように。歩くだけで鈍化していた感覚が目覚めていった。
5分ほど歩いたところに紙垂のついた荘厳な岩があった。十中八九これだと思ったが、多分これじゃないということにした。
たった5分歩いたくらいでワクワクにピリオドを打ちたくなかったのだ。神社に到着するまでに90分もかかったのに。
今朝のsiriの超絶スルーを習って先に行こうと歩き出した時だった。
「そっちはすぐに行き止まりだよ」
驚いて反射的に振り返ったが誰もいなかった。少しかすれた声でイントネーションが独特だ。
「聞こえるのかい?」
右手側から声がする。そこには空中に玉虫色の巣を張った小さな蜘蛛がいた。
まさかとは思ったけれど、他に生き物はいない。その蜘蛛が言う。
「やっぱり聞こえるんだね。初めて成功したよ」
蜘蛛型の小型スピーカーでドッキリかと思ったけれど、やっぱり蜘蛛が肉声を発していた。稀有な事態に遭遇してしまった。まさか蜘蛛に話しかけられるなんて。
怖くてすぐに逃げようと考えたが、話しかけられているのに無視するなんてどこかのsiriと同じレベルだ。適当に話をして早めに切り上げるのが最善だと判断し、まずはベタに名前をきいてみた。
「私はソラタといいます」
性なのか名なのかわからなかったけれど、そのまま話を続けた。
ソラタは妖怪・大蜘蛛の末裔なのだそうだ。
大蜘蛛の一族は妖術を使う。磐座のそばにいることで力が増幅され、高難易度の『会話』を可能にしているらしい。
オーラがみえるそうで、私は危害を加えるような波長ではなかったので話しかけてみたそうだ。確かに蜘蛛はなるべく殺生しないように気をつけてはいた。
「話したいことがあるんです」
ソラタは切羽詰まった声で言った。
「ごめん、トイレに行きたいから済ませてからまた戻るね」
そう嘘をついてそのまま帰った。戻れるはずもない。このまま戻ったら呪い殺されるかもしれない。
今になってその話したいことの内容が気になるのだ。なんだったのだろうか。答えは森に置いてけぼりになっている。
しかし、もうあの森に行くことはないだろう。行ったら本当に人生が終わってしまうような気がしているからだ。食われてしまうかもしれないし、呪い殺されてしまうかもしれない。
気をそらそうとsiriに話しかけてみると反応した。
蜘蛛が怖い。と話しかけた。
答えはこうだ。
「すみません、よくわかりません」
わかる。今日の出来事は本当によくわからなかった。
siriの率直な感想に笑いがこみあげた。